大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)40号 判決

一 原告主張の請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがなく、また、本件審決の理由中、第一ないし第四引用例が本願発明の優先権主張日前国内に頒布された公知文献であつたこと、第一引用例及び第二引用例に本願発明の原料物質ゼアララノール及び目的物質ゼアララノンが記載されていて、共に既知の物質であつたことは、原告の認めて争わないところである。

二 そこで、以下、本件審決に原告主張のような違法事由が存在するか否かについて検討する。

(一) 本願発明の要旨によれば、本願発明は、原料物質ゼアララノールからクロム酸酸化により目的物質ゼアララノンを製造する方法に関するものであるか、右酸化の反応過程で生起する化学構造の変化に徴し、アルコール性水酸基が酸化されてメチル基が未変化のまま残存していること、すなわち、原告のいわゆる選択的酸化が行なわれていることが明らかである。

ところで、成立に争いのない甲第一一号証の一ないし三(第四引用例)によれば、「ケトンの生成」の項の冒頭に「第二アルコールを酸化してケトンにするにはクロム酸酸化がよく用いられる」と説明したうえ、反応例として八例を表1―2に掲記してあつて、この八例中、原料(第二アルコール)においてメチル基が存在するものは、鎖式化合物として一例(表中第二例)あるほか、環式化合物として2―メチル―シクロヘキサノール(同第三例)及びメントール(同第四例)の計三例が示されているか、そのいずれの場合も、クロム酸酸化によつて得られた生成物(ケトン)において、アルコール性水酸基が酸化されてメチル基が未変化のまま残存していることが明らかであり、他にメチル基が酸化される反応例の記載はないことも明らかである。

してみると、第四引用例には、第二アルコールからクロム酸酸化によりケトンを得るに当り、アルコール性水酸基が酸化されてメチル基は残存することが記載されているものであるから、本願発明における原告主張の選択的酸化を示唆する記載があるものというべきである。

もつとも、第四引用例中原告指摘の箇所には、メチル基が酸化されてカルボキシル基に変化する例が記載されていることも、前掲甲第一一号証の一ないし三によつて認めることはできるが、この例は、カルボン酸化合物の製造に関するものであつて、本願発明の目的とするケトン化合物の製造に関するものではなく、かつ、この例におけるメチル基は芳香族環上のものであつて、本願発明の場合のように脂肪族環上に存在するものではないことが、その記載に徴して明らかであるから、右記載を根拠に、本願発明における選択的酸化の生起が予想外のものであるとすることはできない。

そして、第三引用例に第二アルコールをクロム酸酸化してケトンを得る一般論が記載されていることは、原告の認めるところであり、また、第四引用例にも前記のとおり「第二アルコールを酸化してケトンにするにはクロム酸酸化がよく用いられる」との記載があることに徴すれば、第二アルコールからケトンを得る製造法において、クロム酸による酸化の処理手段は常法であるとみて差支えないものである。本件審決が、ゼアララノール(第二アルコール)をクロム酸酸化してゼアララノン(ケトン)を得る本願発明の方法において、右処理手段を常法であるとして、本願発明と第四引用例との対比に際し、共に未変化のまま残存しているメチル基につき特に説示しなかつたにしても、その故に、審決かメチル基の存在を無視し、選択的酸化の点を看過して、処理方法に関する認定判断を誤つたものということはできない。

また、本願発明において、処理手段が常法であり、原料物質及び目的物質が共に公知のものである以上、本願発明は原料物質を選択した点にのみ特徴を有するとした審決の判断にも誤りはないというべきである。

そして、本願発明の原料物質ゼアララノール(第二アルコール)と目的物質ゼアララノン(ケトン)とは、水酸基とケト基の点での差異を除き、化学構造上相対応するものであることは明らかであるから、ゼアララノンを製造するについてその原料としてゼアララノールを選択し、これに第二アルコールからケトンを製造する際の常法であるクロム酸酸化の処理手段を適用することは、当業者の容易に考えうるところであるといわざるをえない。

したがつて、本願発明をもつて第一ないし第四引用例の記載事項から容易に推考しうるものとした審決の認定判断に誤りはないというべきである。

(二) 原告は、本願発明の反応温度二〇度Cないし三〇度Cについて引用例は何ら教示するところがないと主張するか、甲第一一号証の一ないし三によれば、第四引用例には、「ケトンの生成」の項に第二アルコールを酸化してケトンにすることの説明として、「反応温度は一般に低く、室温程度で行なわれ、その後反応完結のため多少加温するのが普通である。」と記載してあることが認められ、室温程度といえば大畧一五度Cないし三〇度Cのものであることは経験則に照らし明らかであるから、本願発明の反応温度は第四引用例に示されているといわねばならない。この点について原告は、第四引用例の右記載は鎖式化合物についてのものであつて本願発明のような環式化合物に関するものではない旨主張するが、そのように限定すべき合理的根拠はない。第四引用例の当該説明は第二アルコールからケトンを得る場合に関するものであり、その反応例として前記のとおり鎖式化合物と環式化合物の場合か共に挙示されているのであるから、反応温度に関しても両者を含め一般的に説明したものと解するのが相当であつて、鎖式化合物に限定して解すべきものではない。

また、原告は、第四引用例の例示するメントールをクロム酸酸化してメントンを生成する場合の反応温度は五五度Cであるというが、そのように解すべき合理的根拠もない。成立に争いのない甲第一五号証の一ないし三(フイザー有機化学上巻一八一頁)には、メントールを反応温度五五度Cでメントンとする反応例が記載されていることが認められるが、これをもつて第四引用例記載の反応例における反応温度もまた五五度Cでなければならないとする化学的必然性はないからである。

したがつて、本願発明における反応温度は第四引用例の記載から容易に着想しうる範囲内のものというべきであり、また、原告は、本願発明の方法による目的物質ゼアララノンの収率が反応温度条件の故に格段に優れたものである旨強調するけれども、その前提とするところは、第四引用例の教示する反応温度を五五度Cとするものであつて、前提において既に失当というべきであり、他に本願発明の方法による収率が従来例に比し格段に優れたものであることを証すべき資料はない。

本願発明の奏する効果は、その収率の点において格別顕著なものがあり、本願発明には進歩性があるとする原告の主張もまた理由がないといわざるをえない。

三 以上のとおり、本件審決に原告主張のような違法はないから、その取消を求める原告の本訴請求を理由なしとして棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

後記式

<省略>

のゼアララノールのジアステレオマーまたはジアステレオマー混合物の溶液にクロム酸またはクロム酸のアルカリ金属塩の水溶液を二〇℃ないし三〇℃で約1/4時間ないし八時間かかつて徐々に加えて酸化し、次いで得られた反応混合物を十分量の水で希釈することを特徴とする後記式

<省略>

のゼアララノンの製造方法。

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